アリゾナ・ドリーム

アリゾナ・ドリーム 

Arizona Dream

1994年7月30日-1994年9月22日

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作品概要

サボテンは空飛ぶ魚の夢を見るか  ─川本三郎
◆「人の心を知るにはその人の夢を知るのがいい」。だが夢といっても、現代のアメリカにどんな夢があるだろう? 父親世代にはまだアメリカン・ドリームを信じることができた。自由で平等なこの国では、一生懸命働けば、やがていい暮らしができる。
◆しかし、子供たちは、もうそういうシンプルなアメリカの夢を見ることはできない。といって夢を見ることをやめることもできない。それならば、どうしたらいい?
◆『パパは、出張中!』ジプシーのとき『』を作った旧ユーゴのエミール・クストリッツァ監督の最新作『アリゾナ・ドリーム』は、夢を見ることが困難な時代の“夢探し”の物語といっていいだろう。

◆ クレイジーというか、ファニーというか、ともかくおかしな連中ばかり出てくる。みんな、まともな社会生活などできそうにない。主人公の若者(ジョニー・ デップ)は、キャデラックのセールスをやっている叔父さん(なんとジェリー・ルイス!)の下で働くが、とても商売の才能などなく、いつも空を飛んでいる魚 の夢ばかり見ている。その友人(ヴィンセント・ガロ)は、俳優志願で、『レイジング・ブル』のロバート・デ・ニーロや『北北西に進路を取れ』のケーリー・ グラントの真似が得意だが、さっぱり受けない。
◆この二人に、さらにヘンな女が加わる。未亡人(フェイ・ダナウェイ)が、現実生活にとんと興味がなく、空を飛ぶことばかり考えている。その義理の娘(リリ・テイラー)は自殺マニアで、ロシアン・ルーレットの遊びが大好き。
◆ この四人の変わり者たちが、アリゾナの荒野に、世界から取り残されたようにポツンと建っている一軒家で“バット・パーティー”を繰り広げる。ハリウッド製 のアメリカン・ドリームものとは、ひと味もふた味も違う。ブラックは笑いは随所にあるし、表意を突くイタズラがありこちに仕掛けられている。そしてなぜ か、いつも魚が空を飛ぶ! このヒラメみたいな平べったい魚がユーモラスで、魚好きの若者にいわせると「魚は何も考えない。それは魚は何でも知っているか らだ」。“哲学魚”である。

◆四人とも現実とズレてしまっている。もうとてもまともな暮らしはできそうにない。アリゾナの一軒家は、彼ら のアジール(避難所)であり、隠れ家である。カメが首を甲羅にひっこめるように、彼らもアリゾナの一軒家にひっこんで、不器用なままに自分たちの“夢探 し”をしようとする。そこが少し悲しい。荒野にポツンと建った一軒家は、『バグダット・カフェ』のロードサイド・カフェのようにも『ホテル・ニューハンプ シャー』のホテルのようにも、サム・ペキンパーの『砂漠の流れ者』の荒野の一軒家のようにも見える。あるいは、『ダンス・ウィズ・ウルブズ』のフロンティ アの小さな砦を思い出す人もいるかもしれない。いずれにせよ、アメリカン・ドリームというのは、あんな“大草原の小さな家”の中で夢見られたに違いない。
◆だが、現代のハックルベリイ・フィンのような四人の子供たちに、どんな夢を見ることができるのだろう?
◆ 「サボテンは若いうちは弱いから、大きな木で守ってやらなければならない」とジェリー・ルイスはいう。彼ら四人は、いわば若いサボテンだ。しかし、彼らに はもう守ってくれる大きな木はない。若者の両親は死んでいるし、キャデラックのセールスで成功した叔父さんは死んでしまう。あとの三人も似たりよったり。 彼らは、守ってくれる木がない“荒野”で、自分たちの力で成長していかなければならない。奇妙な形で枝分かれしたり、トゲがたくさん出すぎたりして、なか なかサボテンらしく堂々と大きくなれない。

◆昔、サボテンを買ったことがある。「世界一荒涼とした土地でも育つ」という触れ込みだったのに、一ヶ月足らずで枯れてしまった。それならば、私の家は「世界一荒涼とした土地」以上なのかと愕然とした。
◆ そんなことを思い出す。現代という“荒野”では、サボテンが育つのも大変なのだ。ヘンな四人ではあるけれど、彼らがだんだん好きになってくるのは、私たち もどこか彼らに似ていることに気がつくからだろう。俳優はみないい。わずかな出番ながら、『俺たちに明日はない』のマイケル・J・ポラードが出ているのが 懐かしい。1954年生まれというクストリッツァ監督は、若いころ、きっとアメリカン・ニューシネマをたくさん見た人なのだろう。アメリカン・ニューシネ マもまた、アメリカン・ドリームが壊れた時代に、なんとか新しい夢を見ようとするもう一つの“夢探し”の物語だったのだから。

 

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スタッフ・キャスト

監督:エミール・クストリッツァ
プロデューサー:クローディー・オサール
プロデューサー(UGC):イヴ・マルミオン
共同プロデューサー:リチャード・ブリック
総指揮:ポール・R・グリアン
脚本:デヴィド・アトキンス
音楽:ゴラン・ブレゴヴィッチ
主題歌:イギー・ポップ

キャスト:ジョニー・デップ/ジェリー・ルイス/フェイ・ダナウェイ/リリ・テイラー/ヴィンセント・ギャロ/ポリーナ・ポリスコワ

1992年/フランス映画/カラー/シネマスコープ/140分
オリジナル原語:英語
字幕:石田泰子
字幕監修:坂元裕二

サントラ盤:日本フォノグラム

提供:アミューズビデオ/ユーロスペース
配給:ユーロスペース

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