カストラート

カストラート 

IL CASTRATO farinelli

バロックの堕天使。声こそが人生を狂わす肉体
ファリネッリ─去勢が産んだ伝説のオペラ歌手が、いま甦る

1995年6月24日-1995年12月8日

↑ PAGE TOP

作品概要

唯一の神、そしてファリネッリもただ一人─
◆18世紀のヨーロッパ、かつて楽園で禁断の果実を口にしてしまった男たちがいたように、禁断の声を持つ男たちがいた。カストラート─。ボーイソプラノを保持するために去勢された男たち。20世紀の現代では、存在そのものが禁じられているカストラートのバロック・オペラでのそれは、全盛期に天使の声ともみまかえ、女たちを、男たちを、国王を、そして偉大な作曲家たちをも狂喜させた。なかでもカストラートと呼ばれたファリネッリは、その妖しくも魅惑的な声でほかのカストラートたちを圧倒していた。性を超えたファリネッリの声は、天を突き抜け、その存在を見事なまでに誇示した。人々は叫んだ。“唯一の神”、そしてファリネッリもただ一人だと・・・。
◆1728年、イタリア。かの地ではカストラートの新たな伝説が生まれようとしていた。ファリネッリことカルロ・ブロスキ。彼の歌声は、人々を陶酔の極にまで追い込んだ。そこに群がる女たち、男たち、そして天才作曲家ヘンデル。その声はさらに、イギリス王国と皇太子との確執の渦に巻き込まれ、利用されるのであった。唯一の理解者であると思われた凡庸な作曲家である兄リカルドとの、熱砂のような兄弟愛の裏にひそむ裏切り。しかりファリネッリはカストラートであるジレンマの中で、光栄にも名声にも裏打ちされることのない永遠の愛を見つけていくのだった─。

時代が求めるカストラート
◆1995年、新年。パリの街は“カストラート”ブームに沸き返った。映画『カストラート』の大ヒット、サウンドトラック盤の異例の売れ行き、そして現代ではカストラートの声に最も近いとされているカウンターテナー歌手であるドミニク・ヴィス、ヨッヘン・コワルスキー、アルフレッド・テラーのCDの好調な売れ行き。20世紀末の終着点を求めるかのように、人々は性を超えて存在する異装のオペラ歌手に辿り着いた。日本においても昨年末頃からトランス・ジェンダー(性を超えた存在)ブームが巻き起こり、アンドロギナス(両性具有)ブームからさらに一歩進んだ存在としてファッション界などに影響を及ぼしている。映画『カストラート』はその先駆的存在として人々の記憶に刻まれることは間違いないだろう。

天使の声の再創造
◆監督は『仮面の中のアリア』『めざめの時』のジェラール・コルビオ。彼が10年間温めていたこのテーマは、ファリネッリの人格を再構築するための3年間もの図書館通いの成果、ファリネッリの視線に凝縮された存在感を獲得することによって結実された。と同時に18世紀最高のカストラート、ファリネッリの伝説をバロック調の壮大な絵画に描き上げ、見事なまでに重量感溢れる作品となった。
◆また、この伝説のファリネッリを演じたのは、イタリア人俳優であるステファノ・ディオニジ。彼の美しさと存在感が、美声を保つために去勢されたカストラートの神秘とも相まって、今までの俳優にはない魅力を充分に発揮している。そして兄リカルドを演じるのは『小さな旅人』のエンリコ・ロ・ヴェルソ。他にファリネッリを大きな愛で包み込むアレキサンドリアに『ミナ』のエルザ・ジルベルシュタイン、ヘンデル役に『逃亡者』『ワールド・アパート』のジェローン・クラッベ、ファリネッリのメセナとなるマーガレットに『サロメ季節』の『妻への恋文』のカロリーヌ・セリエ、恩師ポルポラに『グットモーニング・バビロン!』のオメロ・アントヌッティが扮し、カストラートの壮大な伝説を彩っている。
◆また、脚本を執筆したジェラール・コルビオ監督と、彼の妻であるアンドレ・コルビオのもとに一流のスタッフが集まった。美術には『眺めのいい部屋』『1900年』『オテロ』のジャンニ・クラワンタ、撮影には『トト・ザ・ヒーロー』『仮面の中のアリア』のワルテル・ヴァンデン、そして衣裳には『ハーレム』でセザール賞を受賞したオルガ・ベルルーティがあたり、18世紀独特の高揚感と、そして、倦怠感を同時に映像に紡ぎ出している。
◆また現代には存在しないカストラートの存在を創造するために、最新の技術が招集されたが、3オクターブ半もの声を出したというファリネッリの声を再現するのは容易ではなかった。そのために現在活躍するカウンターテナー歌手のなかでも5本の指に入るといわれるデレク・リー・レイギンが採用され低音部を担当、そしてその声に合う女性ソプラノ歌手エヴァ・ゴドレフスカが高音部を歌い、フランス国立現代音楽研究所の音声分析班がコンピューターを駆使してふたつの声を統合する手法がとられた。本作品で音楽監督を勤め、現在のバロック・オペラ界で最も期待される俊英クリストフ・ルセによって、それらは見事な“ひとつ”の声として、それはまさに天使の歌声のように現出されている。
◆カストラートの歴史は、最後のカストラートが死去した1922年をもって幕を閉じる。ビロードのように、そしてバロックの宝石のごとく輝いたその声は、天使が地上から天空に戻るかのように、静かに聞こえなくなってしまった。ファリネッリの記憶が、こうして映画に甦るまで─。

↑ PAGE TOP

スタッフ・キャスト

製作:ベラ・ベルモント
監督:ジェラール・コルビオ
脚本:アンドレ・コルビオ/ジェラール・コルビオ
美術:ジャンニ・クワマン

キャスト:ステファノ・ディオニジ/エンリコ・ロ・ヴェルソ

1994年/フランス/110分/カラー
字幕:松浦美奈

配給:ユーロスペース

↑ PAGE TOP